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アスリートのセカンドキャリアとは人材サービスビジネスが作り上げた幻想である。

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率直にいうと、私は「アスリートのセカンドキャリア」という概念に大きな嫌悪感を抱いている。

アスリートサポートの一環でこういった取り組みや啓蒙活動をしている人がいるし、ぶっちゃけ自分の周りにもいるが、果たしてそれって本質的な課題解決になってる?
って思うことが多い。ていうかただのビジネスだよねw

そして、キャリアにファーストもセカンドもねーよ。って思っている。

アスリートとしてのキャリアと、人間、社会人としてのキャリアが全くの別物であることはおかしい。
アスリートも社会人として「生活」をする必要があるし、アスリートとして「競技レベルを高めること」を中心とした生活を送りたいのであればそのための環境を整えなければならない。

そして、競技生活を中心とした生活が「ファースト」そこから離れた後の「キャリア」を「セカンド」だとするのがおかしいと思っている。
・競技生活を引退した後は、ウェブデザイナーになろうと思ってるんです。
・実はコツコツ資産運用の勉強をしていて引退後はそれに専念しようと思ってるんです。など、明確な異なる「キャリア」を志しているのであれば話は別だが、そうでない場合は引退後のキャリアはセカンドでもなんでもない。そもそもキャリアの延長なだけだ。

アスリートでいる間は競技力を高めることはまず当たり前で、その上で、社会の中で生きるということを自分の置かれた環境や自分自身を客観視して考えている必要がある。

自身の環境を整備する上で「資金」が必要になることもある。であれば
・どうすればお金を集めることができるのか。
・お金を集めるということはどういうことか。
を知る必要がある。さらにその上で自分自身の人生計画をし、アスリートとして競技力を高めることを生活の中心とするフェーズとそれ以外のフェーズでどうあるべきか、何をするべきかを考える必要がある。

大学生や一般の社会人でもそれを考えるのに、アスリートだから考えなくていい、競技力を高めることに集中するべきだなんてことがあるはずがない。


今までは部活の指導者に言われた激務をこなし、実業団に入ったり、協会に言われた通りにやっていけるごく少数のアスリートしかアスリート生活を続けることはできなかったが、もうすでにこの世の中はアスリートも社会の中で成立することができるようになっている。

それを知らないアスリートが多すぎる。
ので、アスリートとしてのフェーズを終えるとセカンドが始まるのだ。

アスリートとして生きたキャリアの先にあるものがたとえ全くの異業種だとしても、自分自身のキャリアにおいて繋がっていくのだ。

アスリートも社会の一員で、主体性を持ってアクションした人間に情報が入る。
その情報を精査する能力、より良い情報を得るためのポジショニングについてははアスリートだろうがそうでなかろうが当たり前のように考えるべきなのだ。

それをしないということは、「競技に集中する」という言い訳のもと自分で自身について考えることから逃げているだけなのではないだろうか。

まずは自分自身のライフプランをより高い精度で見つめるために、情報を得ようとし、その情報を理解しようとするところから始めなければアスリートの「セカンドキャリア」とされている概念にまつわるあらゆる課題は解決できないと考える。

そうすることで自ずと競技を優先・中心とした生活を終えた後のイメージはついてくるし、その時にはすでにサポートしてくれる人は必ずいる。

それは決してアスリートと人材サービスビジネスに紐づけることを目的とした方々ではない。

「人材サービスビジネス」のために固定概念が形成された「セカンドキャリア」。

根本的な部分に目を向けないでこの概念に基づいて表面化された課題の解決はできない。